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一学 7【幕末の天才少年たちは、みな凡人。幼少期は、みな等しく天才。学校と家庭が、天才を幼稚に貶(おとし)めた】学人、ムロー

令和2年3月15日号 (No.7)


一つ学ぶ。

少し苦汁(にがり)入りの話をするが、暫し辛抱してほしい。

この国は、神に由来する天皇が統治するなか、武士、侍の起こりである《さぶらい》が出現し、以来幕末までの悠久、サムライの世が続いた。

その間、子どもらは皆(みな)、天才であった。
維新明けて明治、大正、昭和と、この頃に到ってもまだ子供(こども)たちは、みな天才であった。

これは、人間本来の......ヒト、ホモサピエンス種の本能である。
この本能が、同じ人間によって、抹殺一掃されてしまった。
黄色人種独立運動と、それによって生じた、ややも行き過ぎた覇権争いで、我が国は大敗した。

国名は保たれたが、国体は崩壊した。
神に由来する伝統は保たれたが、その歴史は消滅した。
国民は生き延びたが、独立国の誇りは潰(つい)えた。

子ども達は依然として天命を授かり、この国に誕生した。
だが、本能の天才の気質は、大人たちによって幼稚に貶(おとし)められた。

誰が、悪いのか。

我が国は、独立国の幕を下ろし、被保護国となった。

保護国が、悪いのか。
そうとばかりは言い切れない。

但し、ややも誇張された感が無いとは言えないが、一時期、こんな史実が漏れ聞こえてきた。

ドイツの大学からアメリカの大学に渡ったマルクス教徒の超越した秀才研究生たち(コミュンテルンと呼ぶそうだ)が、一週間というやっつけ仕事で、我らが被保護国社会主義的自虐的憲法を草案した......と言うのだ。

これぞまさに、天才ではないかッ!

本当に悪いのは、誰かなのか。

それは、被保護国の人民、大人たちである。
まず主犯格として頭角を現したのが、狂職員と呼ばれる学校の組合員達なのではあるが、彼らにしても、実のところは被害者である。

先のコミュンテルンのなかで更に選(え)りすぐりフランクフルト学派が仕掛けた洗脳戦略に、まんまと嵌(は)められてしまった被害者。
狂職員という汚名を着せられて馬車馬となった、弱心の可愛そうな輩(やから)に過ぎないのである。

では、真に悪いのは、誰なのだろうか。

親たちである。
戦勝者である保護国占領政策によってかよらずか、家父長の徳や母の徳を放(ほ)ったくってしまった親に育てられた子どもらが、今まさに次々とその親となり、洗脳の騎手となった狂職員たちの片棒を担いでいる。

無論、嘆かわしい。
であるが......
そんな彼らを擁護するつもりは更々無いのではあるが、その実態をこう拝察申し上げる。

幼い天才たちと語らう直感も人間力もなく、幼い天才とうまく付き合う知恵の一つも学んでこなかったた。
だから大人たちは、学校でも家庭のなかでも、幼い天才たちを幼稚に貶めることに躍起にならざるを得なかったのである。

だからと言って、
「学校を棄(す)てろ!
家庭から逃げ出せ!」
とは言えないところに、歯痒(はがゆ)さを覚えてしまう。

そういうおれも、まだ少年だ。
まだ青年に届かないのに、幼い天才たちからは、オッサン呼ばわりである。
こっちの方が、よっぽど嘆かわしい!

なぜ少年少女たちは、生まれながらにして天才なのか。

感性、情緒、直感といった潜在能力を豊富に持っている。
そこに教養を宜しく得たならば、その能力が具現化し、それを見た大人たちは、他人事(ひとごと)のように天才と呼び、ワーワーと騒ぎ立てる。

今や、その教養宜しきを得ることは、自力に頼るほかない。
自反自修、独養の時代である。

その教養宜しきを、大人たちが与えてくれていたサムライの時代の幼い天才たちは、如何なるものだったのであろうか。

ここに、二つの史(ふみ)、二人の中学生が書いた、一つは詩、もう一つは著書を紹介する。

この二人の少年は、当時にして凡人ではあったが、世のため人のために立命して、運命の道のりを一歩一歩、天命へと向けて、地道に歩き続けた。


少年、頼山陽の詩。
さんよう少年、齢(よわい)13。

十有三の春秋
逝(ゆ)く者は己(すで)に水の如(ごと)し。

天地、始終なし
人生、生死あり。

いずくんぞ古人に類するを得て
千載青史(せんざいせいし)に列せん。

(註釈)
「いずくんぞ」どうして......だろうか
「千載」千年
「青史」歴史
「列せん」列しない。列する(つらねる)の否定形


少年、橋本左内の著書。
さない少年、齢(よわい)15。

抄出『啓発録』

第一に、「稚心(ちしん)を去れ」(去稚心)。子供っぽい、甘ったれた気持ちを去れ。
第二に、「気を振(ふる)え」(振気)。元気を出せ。
第三に、「志を立てよ」(立志)。
第四に、「学を勉めよ」(勉学)。
第五に、「交友を択(えら)ぶ」(択交友)。

「余(われ)、
厳父に教えを受け、
常に書史に渡り候(そうろう)ところ、
性質粗直にして柔慢なる故
遂に、
進学の期なきように存じ、
毎夜臥衾(がきん)中にて涕泗(ていし)にむせび、
云々(うんぬん)

(註釈)
「粗直」まだあまり修行の加わらない、注意が足らない直(ちょく)
「柔慢」筋金入り......ではなく、しゃんとしないくせに、好い気になっていること
「進学の期」学問が進歩する時期
「臥衾」布団(衾)に臥(ふ)せる
「涕泗」涙。目から出るのが涕、鼻から出るのが泗

解説はしないので、悪しからず。

その理由......
この二人の少年。
おれより若干若輩ではあるが、
教養宜しきを得ると、
斯(か)くもこう成るかッ!
泣きたいのは、こっちの方である。


◎今日の録責(ろくせき)
◯学人、ムロー

◎息恒循(そっこうじゅん)こぼれ話
「人間とは、」是(かく)の如く。
神より天命を授けられた使者である。
「天命とは、」是(かく)の如く。
世のため人のために神より与えられた使命である。