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一学 36【マザメの然修録】西洋画家の哲学。西洋人が宗教に求めるもの。道元禅師の現代経営学《元気が出る感想》

《元気が出る感想》
ミワラ〈美童〉と呼ばれる寺学舎の学童たちの感想文〈然修録〉を、2020年1月より週刊で配信しています。

エスノキッズ 心の学問 「教学編」
令和2年10月4日(日)号


一つ、学ぶ。


スピアの後裔記、読んでます。
わたしも、スピアと同じ離島に、疎開してきた。

スピアは、彼なりに、元気にやっているようで、それはそれ。
わたしの後裔記も、いずれ、配信されるでしょうけど、それもそれ。

では......というか、さて。

マザメの然修録♪


〔 西洋画家の哲学 }

昭和の時代、著名人の対談。
ある禅老師の言葉。

「だいたい、日本民族というのは性格的に非常に純粋な民族ですが、思想に弱い哲学の無い民族だと思うんです。
人間が純なだけに、かっとすると何をしでかすかわからないと思うんです」

さらに、

「日本の美術家も哲学が無いから、繊細な絵は描けても社会問題を自分の作品の中に取り上げることができない。
和歌のような情感的な絵になってしまうのは、そのためだ」

ここで言う思想と哲学、いずれも〈左脳〉さんの仕事。
日本民族は、左脳をあまり使っていないということのようです。

対して、メキシコのある有名な画家は、「絵を描く人の社会的な役割は、何か?」という問いに、明確に答えたそうです。
日本人の画家......というか、もし日本人が、「あなたの仕事の社会的な役割は、何か?」と訊(たず)ねられたら、明確に即答できる人は、どれくらい居るのでしょうか。

日本では、お金さえあれば、画廊を借りて、個展を開くことができますよね?
でもアメリカでは、ちょっと事情が違っているそうなんです。

画廊が、興味をもった画家を、招く。
画廊が注目して招いた画家なので、その画家の社会的地位も、招かれる度(たび)に、数段上がる。
このような画廊に、アメリカ在住の日本人画家が招かれることは、ほとんど無いそうです。

なぜか。
なぜ、日本人画家は、興味を持ってもらえないのか。

アメリカ人に言わせると、
「日本人の絵は、意味がなく、生きていないからだ」と。

その意味を問うと、
「テクニックだけの遊びで、一人前の画家として熱していない人が多いからだ」と。

日本人は、西洋人から、「美的感覚が鋭い!」と、思われています。
なので、日本人は、絵描きになるには有利だとも、思われています。
でも現実は、美的感覚...センス...無意識...右脳...だけではダメ。

ここでもやはり左脳、思想や哲学が必要、求められているようです。


{ 西洋人が宗教に求めるもの }

理屈の即答が得意な左脳人間の西洋人が、宗教に求めるものとは......これも、日本人とは、大きく違っているようです。

西洋人が、宗教に求めるものとは?

1.何を信じるのか。
2.どういう考えがあるのか。

と、この二つ。
ここで、西洋人たちは......。

「何々を、信じなさい」
「何々を、しなさい」
「何々を、するなかれ」

という言葉を、探します。

西洋の人たちが信仰する宗教では、ハッキリと、このような言葉を、見つけることができるのです。

ユダヤ教、然(しか)り。
キリスト教、然り。
イスラム教、然り。

対して、日本の人たち、日本独自の宗教の場合はァ?

たとえば、神道(しんとう)。

1.ドグマ(教義。つまり、体系化した宗教の教え)が無い。
2.始祖がいない。

神社で手を合わせてお願いごとをしている人をよく見かけますが、先人先達(せんだつ)の誰に向けて祈っているのでしょうか。
そんなことを考えるのも、ドグマについて考えるのも、左脳の仕事。
ここでも日本人は、右脳を使っている。
心で感じて、心で想う。
心が感じて、心が思う。

テレビのCMにも、この特徴が、表れています。
日本では、冗談や芝居や掛け言葉で楽しませてくれれば、特に商品の具体的な内容に触れなくても、そのCM商品は、よく売れる。
対して西洋では、ガチガチの商品説明(理屈)を並べないと、その商品は、信用してもらえないそうです。

日本では、理屈よりも、心。
感じることの方が、大事とされてきたようです。

でも、今は......。


〔 道元禅師の現代経営学 〕

禅や原始仏教が、日本人に受け容れられた理由は、この〈心で感じる〉ところが大きかったからではないでしょうか。
鎌倉時代に入って間もなく、道元禅師は、言っています。

「仏の話をしたら口をゆすげ」

仏様の話をしたあとは、仏のことはすっかり忘れてしまいなさいと、西洋人好みでもある「何々を、しなさい」を、明言しているわけです。

この言葉は、現代、経営者に向けられています。
仕事のことを考えすぎたり、思い詰めたり、深刻になってはいけない。
これも、西洋人好みの論調。
「何々を、するなかれ」です。

これに順(したが)って、現代の経営者には、二つのことが求められています。

1.仕事以外の趣味を持て。
2.歴史を学べ。

趣味を持っていれば、一時的に、仕事を客観視できる空間に移動できる。
その空間とは、心の〈ゆとり〉のことです。
弓も筋(すじ)も心も、何ごともギリギリまで張り詰めると、パチンと切れてしまうということ。

そんな、今の本当の自分を客観視するためには、歴史を学ばなければならない。
歴史を学ぶって、どういうことなんでしょうか?

それは、歴史上の人物や、歴史的な出来事に、没入すること。
歴史の中に深く入り込んで、最初の一人に巡り合えれば、あとは芋づる式に、縁尋機妙が連鎖する。
新たな縁(えにし)に巡り合うたびに、感激し、奮い立つ。

趣味でなくとも、ゴロ寝でもいいかもしれません。
元い。
眠ると、言い直しましょう。
ん?
まだ、違うなーァ。

やはりここは、原始仏教、仏陀の瞑想と、言い直しましょう♪


2020年10月3日(土) 活きた朝 03:49
学徒、マザメ


令和2年10月4日(日)号
一学 36【マザメの然修録】西洋画家の哲学。西洋人が宗教に求めるもの。道元禅師の現代経営学《元気が出る感想》

◎ 然修録の発祥について

然修録は、寺学舎に通っていた一部の学童たちが、講釈を書き留めていた学習帳です。
寺学舎というのは、瀬戸内でかつて古(いにしえ)の時代に栄えた港町にあった寺塾です。
一部の学童たちはみな、その港町に隣接する寂(さび)れた浦々に住んでいました。
そこは、「平家の敗残兵が密かに身を隠して、今に到っている」と、伝えられている地です。
『平家物語』巻第十一では、彼らの祖先を率いた名将の武勇が、描かれています。
この浦々から谷川沿いに峠を上り尾根を越えると、その先に、原っぱが拡がるような町が現れます。
その地が、彼らの先祖が最期を飾った古戦場です。
この学習帳は、後に読書感想文に形を変えながらも、然修録の名を、今に残しています。
学童たちは、然修録を書き始めた大先輩たちの心情を、慮(おもんばか)らずにはいられなかったのでしょう。

◎ 然修録の現在について

かつて栄えた港町にあった寺学舎は、今はもう存在しません。
寺学舎と呼ばれていた講堂の佇まいは変わっていませんが、そこに集う学童たちの姿はありません。
隣接する寂れた浦々では、子どもたちの姿を見ることさえ稀になってしまいました。
でも、その浦々の隠れたところで、寺学舎という名の家塾が、存続していたのです。
2020年1月、その家塾に集ていた学童たちの然修録を、メルマガという手段で公開しました。
その8月、彼らは天災とも人災ともつかない災難によって、離島へと疎開して行きます。
学友たちと住まいを隔て、島を隔てて独学を余儀なくされた彼ら、学童たち。
貧しい彼らですが、メルマガやブログといった少々古臭いテレスタディで、今も学んでいます。
仲間たちは、この然修録を「元気が出る感想」と呼び、後裔記を「元気が出る日記」と呼んでいます。

◎ その後裔記とは

このメルマガの姉妹編「元気が出る日記」の本文で、簡単ですが、上記のような説明書きを載せています。
ブログ(バックナンバー)でも、同様の説明書きを読むことができます。

◎ 寂れた浦の学童たちの用語集

〈1〉少年/少女 → 学徒 → 門人 → 学人
 寺学舎の学年の呼び方です。

〈2〉ミワラ〈美童〉
 立命期の学童たちの呼称です。
 学人となったのち、知命するまでが立命期です。
 「生まれもった美質を護ってほしい」
 という願いが、込められています。

〈3〉美童名(みわらな)
 産れてから知命するまでの名前です。
 武家社会の幼名のようなものです。

〈4〉息直術(そくちすい)
 行動の学と呼ばれ、後裔記は、その行動の足跡です。

〈5〉恒循経(こうじゅんきょう)
 目的の学と呼ばれ、然修録は、その目的の道標です。

〈6〉タケラ〈武童〉
 運命期の学童たちの呼称です。
 知命したのち、天命に到るまでが運命期です。

◎ メルマガ姉妹編のご案内
《元気が出る日記》
ミワラ〈美童〉と呼ばれる寺学舎の学童たちの日記〈後裔記〉を、2020年1月より週刊で配信しています。
https://www.mag2.com/m/0001131415.html

◎ バックナンバーのご案内
http://www.akinan.net

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