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一学 29【格物の目的は一つで修行あるのみ。忠義には二種類あって、二つの異なる道の共通の目的でもある】学徒、オオカミ

みなさん、おはようございます。
【然修録】です。
毎週日曜の朝7時。
今朝も、お届けいたします。
「行動と目的の学」を実践する子どもたちの学習帳。
読み切りで ♪

エスノキッズ 心の学問 「教学編」
令和2年8月16日(日)号


一つ、学ぶ。

格物は、古くは二通(ふたとお)りの解釈があった。

おれたち郷学舎(さとがくしゃ)で学んでいるヒトたる方法の指南書『息恒循』では、後発のほうの解釈である行動の学(行動によって己を正す)を、運命のやりかた方法の指針として据え置いている。

次に、忠義。

これが、わかりにくい。
まさに、誤解の王様......ではなく、殿様であるなッ!

ところで、市販の歴史書をバコーン♪っとフォトリーディングすると、[失われた十年]という言葉がよく出てくる。

「なんじゃそりゃ!」だ。
が、ある歴史書に、要約すると次のような意味のことが、書いてあった。


《 失われた十年とは? その十年の間に、何が失われ、あるいは絶滅死滅したというのか! 》

組織(会社)の要(かなめ)を、社員・従業員の忠誠心としていた日本型の経営システムが解体されはじめ、遂には崩壊した十年だった。
代わりに、欧米型の自己責任(自分の身は自分で護る)が基本、要となった。
言い換えると、[リストラ路線]。
「これによって、日本社会の発展は、約束される」と、多くの経営者たちは、その言葉を信じた。
結果、その路線の先にあったのは、発展ではなく、混迷だった。


上記にある〈忠誠心〉から連想される類義語が、忠義である。
言わずもがな、昨今では〈物騒な言葉〉という認識が、おおかただろうと思う。

その忠義という言葉から連想される事件となると、やはりあれ、赤穂事件だ。
もう、その事件から320年近くも経つ。

忠義という言葉も、赤穂事件も、己という個人を犠牲にして、主君や御家に尽くすというイメージが、久しくすっかり定着してしまっているのではないだろうか。

武士道 = 自己犠牲
赤穂事件 = 滅私奉公
忠義 = 絶対服従

と、こういうのを、紋切り型というそうだ。
言い換えると、〈決めつけ〉。

敗戦後、儒学と並んで誤解へと誘導されたのが、この武士道や忠義だったのではないか。
洗脳とも言うべきその〈誤解への誘導〉の目的は、何だったのだろうか。

忠誠心が基本の日本型から、自己責任が基本の欧米型へと、強引に方向転換させたい。
と、それが一番の目的だったのではないだろうか。

で、その赤穂事件。
本日の座学を、要約する。


《 赤穂事件は、表の顔二つと、裏の顔二つを持つ 》

赤穂事件のような切った張ったの事件は、武家社会では一つも珍しくはない。
なぜ、赤穂事件だけが、特別扱いにされてきたのか。

それは、未遂に終わったからだ。
それまでは、切り殺すか、自刃(じじん)して介錯されるかで、その場で綺麗に事は済んでいた。

ところが、この赤穂事件。


いつ  :
【1】元禄14年3月に始まり
【2】元禄15年12月に終結するまで

どこで :
【1】江戸城、松の廊下とで
【2】江戸本所の吉良(きら)邸に

だれが :
 
【1】天皇勅使の饗応役に任命されて任務についていた播磨赤穂藩主の浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)が、
【2】赤穂四十七士が、

だれに :

【1】&【2】幕府の儀典を司(つかさど)る家柄で、指南役という高い位の任務についていた吉良上野介(きらこうずのすけ)に、

なにを :

【1】人々の面前で叱責をこうむるという恥辱を、
【2】亡君、浅野内匠頭の恨みを、

どうして :
【1】切り捨てて恥辱を晴らそうとして、
【2】討ち入りして、

どうなった :
【1】その場に居合わせた武士に組み止められ、吉良を討ち漏らし、殿中刃傷の咎(とが)で切腹に処され、御家は断絶を申し渡された。
【2】吉良上野介の首級をあげて、浅野内匠頭の恨みを晴らし、本懐(ほんかい)を遂げた。


と、未遂に終わってから本懐を遂げるまで、概ね2年近くに及ぶ長い時間がかかっている。
これが、〈武士道や忠義において、前例を見ない問題提起と展開〉と、相成ったのである。


さて、あとに残された浅野の家臣たちの苦悩は如何に......。


「はてさて、このあと、如何なる行動をとるべきか」
「何をすれば、武士道の核心である忠義に適うのか」


この二点に関して、家臣たちは葛藤し、それぞれの立場によって多様な性格が生じ、目に見えない対立を生んだ。


= 表の顔(対立)=

〔1〕即時復仇(ふっきゅう)、仇討ちと生死の境を駆け抜ける道

忠義の対象は、浅野内匠頭その人。


〔2〕浅野家再興に向けて、恥を忍んで生きる道

忠義の対象は、先人たちが命に代えて護り抜いたこの御家。


= 裏の顔(対立)=

〔1〕亡君、内匠頭の仇討ちを、〈忠純〉と考える者たち

亡き藩主の仇討ちは、親や子や恋人を一途に思って復讐に突き進む純心と同じなり。
我が身の行く末など一切案じることなく、ただ無念の死を遂げた大切な人のことを固く心に秘めて、行動して果てるものなり。

〔2〕亡君、内匠頭の仇討ちを、己の〈名誉〉のためと考える者たち

口では忠義、忠誠と言い、問われれば自分もそのように口に出してはいるが、実は藩の名誉、主君の名誉、延(ひ)いては己の名誉のために決起するだけのことではないのか。
主君が非業の死を遂げて、しかもその仇、宿敵たる者が安穏としてまだこの世に生きておるとなれば、武士の一分(いちぶん)が立たぬ。
世間に顔向けが出来ぬ、ということだ。
ゆえに、仇討ちの挙に出ようとしているのではないか。


大石内蔵助(おおいしくらのすけ)の主導のもとに、二年近くに及ぶ表裏多様な対立という苦悩を乗り越えて、彼らは忠義の一言のもとに結束し、復仇の志を遂げることとなる。

はてさて。

『葉隠(はがくれ)』にある武士道や、その核心と目される忠義、忠誠、忠純というものが、決して紋切り型のような単一的なものではなく、様々な方向へと気を配る多面的な情動であるということを、少しでも理解していただけただろうか。

熟師が推奨教示する直観力の修行は、意外と思ったほど苦ではないけれど、この〈歴史〉を学ぶという、いわゆる思考やら潜在意識やらを駆使して過去を検証するという学問は、骨が折れる。

正直、性に合わん!


令和2年8月16日(日)号
一学 29【格物の目的は一つで修行あるのみ。忠義には二種類あって、二つの異なる道の共通の目的でもある】学徒、オオカミ

【行動と目的の学】

江戸期の儒学者たちは、学問を一つの型にして、学校や家庭に根付かせました。その型が崩壊した現代、廃残したわたしたち民族には、新たなる型が求められています。

美質を生まれ持った子どもたちは、戈(ほこ)を止(とど)めると書く武の心を修めるために、東亜の行動哲学、西洋の目的心理学、民族史と神話、未来と過去の脚本技術などを学んでゆきます。

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『亜種記』『息恒循』『然修録』『後裔記』
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