AEFノベルズ出版 A.K.F. Novels Publishing

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一学 26【思はざる ことのおこりて 世の中は 心のやすむ 時なかりけり。北欧に学ぶ】学人、ムロー

みなさん、おはようございます。
【然修録】です。
毎週日曜の朝7時。
今朝も、お届けいたします。
「行動と目的の学」を実践する子どもたちの学習帳。
読み切りで ♪

エスノキッズ 心の学問「教学編」
令和2年7月26日(日)号


一つ、学ぶ。

生活のなかに修行がなければ、ただオロオロ、ジタバタするのみ。
次のような無精にわた〈亘〉ったことはないか〈なかりしか〉!


(まだ、月曜日か)

(やっと水曜、折り返しだ!)

(金曜だ。詰めの踏ん張り、よし。自分へのご褒美♪)

(もう、土曜の朝か。ああ、二日酔い!)

(なんか、ぼんやりした一週間だったな。

何となく仕事に行って、家に戻るとまた、何となく過ごす。
悪いとは思わんけんど、なんか、後ろめたいな。
このまま寝て起きたら、もう、日曜日だ。

キリスト教徒なら、明日は教会へ行って、「アーメン」って唱えて讃美歌を歌って、牧師さんの話を聞きながら、ぼんやり曖昧に過ごしてしまった後ろめたさを、自分で慰めるんだろうな。

修行の無い大衆向け仏教産業だと、その唱える言葉が「ナマンダブー」に変わるだけかァ♪
曖昧に生きている自分の罪を許してもらわんがために協会やお寺に行く人たちって、どうなんだろう。

生きている実感もなく、生きた証しも残らず、ただぼんやりと生きて、その後ろめたさが罪の意識ではないことを誰かに証明してほしくて、無修行でなんの労苦も伴わない烏合の衆あつまりしところへと、足を向ける。

ああ、これじゃァまるで、デンマークのノガモ〈野鴨〉じゃないかッ!)


いつだったか。ワタテツが、
「旅修行の思い出ばなしは、控えめ短めにしといたほうがいいですよォ!」
と、親切に教えてくれた。

だが、こちとら、学徒や少女に好かれたくて学師なんぞという労苦甚だしくめんどっこい役目を拝命しているわけじゃない。
なので、ワタテツに応えて言った言葉は、
「気にすんなッ! おおいにやれーぇ♪」
だった。

で、北欧南端の野鴨がどうしたかってぇ?
問われたからには、致しかたない♪


コペンハーゲンの街中の食いもん屋で、ぬる〈温〉くて薄くて飲みすぎるとフラフラする缶入りの飲みもんを飲んでいると(アルコール類に言及できない事情を推し量っておくんなせぇまし!)、陽気なじじい〈爺〉が話しかけてきた。

日本の人口を聞かれたり、アマテラスってどんな女神なんだァ?とか、スキヤキ(上を向いて歩こう♪)を歌え!とか、何かと一々面倒臭いじいさんだったが、
「まだ日暮れ前なんで、近場を案内してやろう」
というので、あることを思い出しながら素直に従った。

あることというのは、シンガポールでのことだ。インド街でカレーを食いすぎてホテルで安静にしとったために、ろくに名所旧跡も見ずにシンガポールを離れることになった。

そのとき、道連れの爺さんに言われた言葉が、
「マーライオンも見ずに行ってしまうんかい!」
だった。

なので、
(せめて、人魚像くらいは見とかんにゃなッ!)
と、思ったのだ。

その人魚像に間もなく到着というとき、岸部に小さな児童公園くらいの広さの芝生公園があった。
ヌーディストの女性たちを縫うように進む。

おれが、言った。
「ネオポー(ナポリ)のカラッチョーラ提督外港のヌーディストの女性たちより、こっちのほうが平均年齢が低いっすね♪
しばらくコペンハーゲンに腰を据えるのも、悪くないカモーォ♪」

じいさんが、言った。
「おまえは、ジーランド湖の野鴨だな!」

「なんすかーァ? それ!」
と、おれ。


要は、こういう話だ。

ジーランドの湖の近くに、優しいじいさんが住んでおった。
じいさんは、毎年同じ時期に遠い国から渡ってくる野鴨たちに、せっせと餌を与えた。
安全で、自然が鮮やかに豊かで、エサはじいさんがしょ〈背負〉ってやってくる。
野鴨たちにとっては、一年を通じての楽園だ。

でも、彼らのような渡り鳥が、一か所に住みつくことはない。
時期が来ると、新しい餌場を求めて、長い旅に出てしまう。
それが、習性というものだ。

ところが、カモっちたちは、だんだんと、横着で虫のいいことを考えはじめた。

(こんな安住の地があるのに、
何もわざわざ、
たいへんな労苦と危険を冒してまで、
毎年毎年、
杓子定規に旅に出なくったっていいじゃ、
あーりませんかァ♪)

で、奴らはジーランドの湖に住みつき、羽ばたき滑空しまた羽ばたくという気が遠くなるような重労働を、やめてしまった。

ぼんやり、何となく、曖昧に、横着をして、自堕落に、下心まで忍ばせて......。

まさに、どこぞの国のサラリーマンや旅する小僧と同じではないかッ!

その野鴨に、悲劇が襲った。

優しい爺さんが、死んだ。
餌がない。
餌を求めて、飛び立とうとする。
飛べない。
羽根の筋肉が、すっかり落ちてしまっていた。
エサを追いかけて駆けることも、できない。
脚の筋肉も、落ちていた。
空腹で、体力も落ちた。
春がきた。
近くの高い山から、雪解けの激流が湖に流れ込んでくる。
他の鳥たちは、見事に一斉に、丘の上に向かって駆けたり飛び立ったりして、激流からわが身を守った。
醜く太ってしまった野鴨たちの結末は、言わずもがな。
全滅!


そして、おれの一歩前を歩いていた爺さんが、少し振り返りぎみに体をよじって言った。

「IBMって会社、知ってるよな?」
「うん(YES)」
「社員たちの合言葉、知ってるかァ?」
「いや(NO)」
「Wild ducks(野生の鴨)さ」


安住は、最大の危機。
安楽は、諸悪の根源。

美味しい水と平和が〈無料〉だと思い始めたら、それは、絶滅の警告。
絶滅は、必定と心得よ!


そうだ!
ワタテツに、訂正しとかんにゃならん。
「やっぱ、控えめにしたほうがいいよねーぇ (^_^;) 」

思はざる
ことのおこりて
世の中は
心のやすむ
時なかりけり

(明治天皇御製)


令和2年7月26日(日)号
一学 26【思はざる ことのおこりて 世の中は 心のやすむ 時なかりけり。北欧に学ぶ】学人、ムロー

【行動と目的の学】

江戸期の儒学者たちは、学問を一つの型にして、学校や家庭に根付かせました。その型が崩壊した現代、廃残したわたしたち民族には、新たなる型が求められています。

美質を生まれ持った子どもたちは、戈(ほこ)を止(とど)めると書く武の心を修めるために、東亜の行動哲学、西洋の目的心理学、民族史と神話、未来と過去の脚本技術などを学んでゆきます。

Japanize Destinies Distribution
『亜種記』『息恒循』『然修録』『後裔記』
JDD 東亜学纂
http://www.akinan.net