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一学 23【国は鎖国、個人は引きこもり。これが現代の平和主義。日本古来の社会科学、武の心で国と心を開け!】門人、ヨッコ

みなさん、おはようございます。
【然修録】です。
毎週日曜の朝7時。
今朝も、お届けいたします。
「行動と目的の学」を実践する子どもたちの学習帳。
読み切りで ♪

エスノキッズ 心の学問「教学編」
令和2年7月5日(日)号。


一つ、学ぶ。

先ずは寺学舍の後輩、学徒や少年少女のみんなへ。

この然修録で、あたいの武童名「ヨッコ」を見つけたら、必ず読んでよねッ!

絶対に、後悔はさせない。
世界を見てきたし、そのために、あんたたちには想像も出来ない大努力を、学徒時代に積み重ねた。

例えば、こんな感じだ。
調べごとがあって、どうしても解らないときは、学人に助けを求めに行く。
学人は、その答えを(なぜか必ず)知っているが、絶対に教えてはくれない。

代わりに、こう言う。

「こういう本を、買って読んでみなさい。
但し、絶対に借りて読まぬこと。
本は、血肉となる。
必ず、身銭をきって、生涯の宝物として所蔵せねばならん。
そこで、問題が一つ。
我らは、世界的にも有名な貧乏一族だ。
おれが所蔵する本のなかに、新品なんぞ一冊もない。
体調を整え、世界中で最も安価な古本を探せッ!
それには、我らが嫌っている Artificial Intelligence のサービスを使うのが、最良だ。
悔しいかどうかなど、言っているバヤイではない。
本を買う金は、ひとまず借りまくれ。
そして旅に出たら働きまくって、無借金になったら、旅を終えて門人を名乗るがよい ♪ 」

だから、やたらめったら学人のところに質問に行くと、本だらけの借金まみれで、日夜読書で徹夜の日々となる。

しかも、興味が湧く本ばかりとは限らない。
あたいが大嫌いな算数の本を、言い渡されることだってある。

たとえば、この前なんか、
『建築数学入門』国島孝雄著 東洋書店刊。

(この本が、これからはじまる旅のどこで、どんなシーンで役立つんだろう!)
なんて思いつつ、「読了見ゆ」を目指して奮闘中です (^_^;)

で、今日のこと。

『空想動物園』A.S.マーカタンテ著 (財)法政大学出版局刊 が、新たに言い渡された。
これは、耳が喜ぶパターン ♪

以前にも、同じ出版社の本を言い渡されたことがある。

『楽園・味覚・理性』ヴォルフガング・シュヴェルブシュ 著
こっちは、読みはじめてから喜んだパターン ♪

この2冊、偶然なのかどうか、発刊された年の暮れが、昭和時代最後の大晦日となった。

これから読もうとする本が、いつの時代に書かれたのか。
どんな種類の本であっても、時代の某(なにがし)かを映しているものだ。

そんな、時代を映す本の代表格といえば.......。

一つに、日本最古の神話『古事記』。
一つに、日本最古の兵書『闘戦経(とうせんきょう)』。

まだまだ、いっぱいあるけれど!

これら東亜の古典と呼ばれる数々の編纂ものや語録ものの書籍の多くは、わたしたちが学んでいる『息恒循』の副読本の位置を占めている。

これが、手強い!
どいつもこいつも、読みごたえがあるっていう意味。

では、この『古事記』と『闘戦経』。
副読本として、どこで登場するのでしょうか。

それは、息恒循 → 武童期 → 養い修めるもの → 武の心。

知命してからが七命期で、その前が、この武童期だ。
武童期では、大事が二つある。
その一つが、この、養い修めるもの。
もう一つは、生まれ持ったもの。
美質だ。

『闘戦経』が《武の心》の副読本だというのは、タイトルからしても内容を見ても、直接的ですぐに頷(うなず)ける。
座学でも、この『闘戦経』の内容に触れることが、よくある。

問題は、古事記。
その問題とは、奥が深く、複雑だ。

その《複雑》にちょっとだけ触れて、今日の然修録は終わりにしようと思う。


◎ 世界の神話、聖書や古事記の特性
◎ 日本の神話、古事記が書かれた時代


《 世界の神話、聖書や古事記の特性 》

近代合理主義の権化とも言うべき米国では、敗戦国廃残民族の日本の人びとには信じがたい教育が、行われている。

神話や聖書を、丹念に子どもたちに教え込んでいるのだ。
聖書を学ばないと、アメリカ人のジョークは理解出来ない。
その理由は、この教育事情で説明がつく。

日本人は、自国に神話があるのに、その神話を学ばない。
それは、「史実ではない」「科学的ではない」からだろうか。
違う。
もしそうだとしたら、なぜ日本以外のすべての外国人が、聖書或いは神話を大事なものとして、一所懸命に学んでいるのか。

マリア様は、処女のままイエス・キリストを産んだ。
ゆえにイエス様は神の子であり、隠れ父親が絶対にいるはずだ!なんて、誰も言わないし、思ってもみない。

史実ではないというのは、誰もが感じているはずだけど、そんなことは、どうでもいい。
神話は、民族の真実を語っている。
そこが、大事なのだ。

そこで、古事記。

イザナギがイザナミをナンパするシーンが、わたしは好きだ。
なかでも、イザナキの台詞。
要は「やらせろ!」を、理屈っぽくその必要性を解いているところが面白い。

引きこもりのアマテラスを外に引っ張り出そうと、巫女(みこ)のアメノウズメがセミヌードで踊りだすシーンも、好きだ。

なぜ、面白いのか。
それは、それらの物語が、わたしたち民族の真実だからだ。


《 日本の神話、古事記が書かれた時代 》

わがしたちの国は、まだ文字のない時代に成立した。
だから、その時代に神話を執筆編纂することなど、できようはずがない。

それでも、文字が発達してくるとすぐに、天皇の命により、国家事業として『古事記』が編纂された。
決して、個人が書いたような趣味的な歴史小説などではない。

それは同時に、当時その時代の政府見解であることも意味している。

当時の政府見解は、リアルなナンパと、セミヌードのダンス?!

書いたほうも、書かれたほうも、なかなか粋なご先祖さまたちじゃござんせんかァ ♪


令和2年7月5日(日)号
一学 23【国は鎖国、個人は引きこもり。これが現代の平和主義。日本古来の社会科学、武の心で国と心を開け!】門人、ヨッコ

【行動と目的の学】

江戸期の儒学者たちは、学問を一つの型にして、学校や家庭に根付かせました。

その型が崩壊した現代、廃残したわたしたち民族には、新たなる型が求められています。

美質を生まれ持った子どもたちは、戈(ほこ)を止(とど)めると書く武の心を修めるために、東亜の行動哲学、西洋の目的心理学、民族史と神話、未来と過去の脚本技術などを学んでゆきます。

Japanize Destinies Distribution
『亜種記』『息恒循』『然修録』『後裔記』
JDD 東亜学纂