Japanize Destinies Distribution JDD 東亜学纂 (とうあがくさん)

Japanize Destinies Distribution 東亜学纂

『亜種記』『息恒循』『然修録』『後裔記』

一学 16【武の心で座学を創る。目指すは学問。自ら己を変え人情に従えば、座学は成る】学人、ムロー

エスノキッズ 心の学問「教学編」
令和2年5月17日(日)号。


一つ、学ぶ。

実は、門人ワタテツから、再三の依頼を投げ込まれている。
一球もキャッチしないので、依頼は説教へと豹変する始末。

無理もない。
ワタテツとは、同年代。
歳の差は、精々1学年だ。

やつの論は、こうだ。

「然修録の伝統が、崩れ落ちようとしている。
全責任は、無論、おれにある。
だが、その原因は、おれだけじゃない。

ムーさん。
悪いが、あんたもだッ!

われら周知のとおり、然修録は、格新組学徒の座学の講義録として誕生し、海然隊がそれよしとして学徒らの日課に取り入れたことからはじまる。

その意味は、亜種記の冒頭を読めばわかる。
推理小説一冊分にも満たない読書だ。

周知の《 周 》の中には、われら寺学舎の学徒たちも含まれる。

にも拘わらず、近年。
然修録は、日記化している。

後裔記然(しか)り。
もはや、じゃれごと。
後裔記は、亜種記の起源を更に遡(さかのぼ)る。
亜種記編纂の諸書、伝記だ。
児戯や猥雑(わいざつ)では困る。
この後裔記の墜落も、突き詰めれば、その起因は然修録の日記化にある。

然修録は、学徒らの学習帳。
座学の講義録。
先人先達の語録。
『息恒循』の指南書だ。

その座学で講釈を垂れる塾師は、一度の旅を終えたばかりの門人。
おれも、その一人。

聴講する学徒らより数年長く生きていること以外に、特筆すべき塾師足る理由はない。
門人は、学問への過渡期。
己を受け容れることに苦悩し、己を変えることに苦悩している。
未熟である。
未熟者が指南すると、道を誤る。

ムーさんは、学人。
学人は、独鍛独修?
異論はない。
おれも、そこを目指す門人の一人だ。
だけどさ。
みんなから切望されても顔も出さず手も貸さずじゃ、それってちっとばかし人情に缺(か)くるってえもんじゃァないかいッ?

云々(うんぬん)」

人情に欠ける、云々......と、きたかァ!
一つ、思い出した。

引き合いに出すには、畏れ多い人物。
恐縮至極......その名は、道元禅師。

小欄は、恥ずかしながら、禅師について承知と言えるほどの知識・認識を持たない。

それもあって、諸々原典からの引用を恐れ、解説の書『安岡教学』より原文を拝借し、その解説の地の文を咀嚼(そしゃく)して、拙いと知りながらも、頑(かたく)なに我らが学舎の学人として、自分の身の丈に合った言の葉に変えて、以下少々、「云々」の先を綴ってみる。

禅師は、宗から帰られるとすぐ、深草の興聖寺にはいられて、昨今流行(はや)りの帰朝僧侶のような華々しい活動も、精力的な討論も、一切なさらず、専(もっぱ)ら思策と修養にお励みになられた。

その後。
命が、時の数だけ削られた。
禅師が、説法の座に上られた。

禅師が、言った。
「山僧今日事已(や)むを得ずして枉(ま)げて人情に従ってこの座に上る云々」

今風(俺流)語訳の必要は、なさそうですね。

古典でさえ、これだけわかりやすいのです。
昨今出回っている現代文のほうがむしろ難解で、皆目チンプンカンプンなのは、どうしたことなのでしょう!

閑話休題(それはともかく)。

禅師にまで到りてやっと、出るか出ないかを勘案しておられる。

一介の学人のおれに、何を勘案など出来ようかッ!

ただ一つ、二つ......オマケに、三つ。
言いたいことがある。

一、武の心
二、根性を叩き直す
三、尽己


《 一、武の心 》

武の意味は、既に座学で周囲のはず.......。
というのは、弁論する側のお目出度(た)い願望。

再度、触れる。
「 戈(ほこ)を止(とど)める 」
= 暴力の行使を食い止める。
でしたね ♪

これは、目指すものでも目標とすべきことでもありません。
自然に、湧いてくるもの。
人間が、生まれ持っているものです。


《 二 、根性を叩き直す 》

生まれ持ったものが、ふつふつと湧いて出(い)でる。
これが、所謂(いわゆる)一つの知命。
たとえば......。

世界中すべての歴史が、物語っていること。
歴史は、繰り返す。
律儀に百年周期で、それは起きる。
戦争。
実は、繰り返しているのは歴史ではなく、人間の性質。

盛衰、栄枯、興亡。

羨(うらや)み、劣等感、妬(ねた)み、闘争、恨み、激突、戦争、消滅。

この止め難(がた)い百年周期の歴史の真実が、人間の性質に潜んでいる。

この止め難きを止めるためには、先ずはこの真実を希求探究せねば!

希求......こいねがい、もとめる。
探究......さがし、きわめる。

武の心は、是(かく)の如(ごと)く。

ここで、堪忍袋の緒が切れて語録を残した偉人哲人、先人先達は、枚挙に暇がない。

その一つ、二つ。

「そう(学問・議論)して沁沁(しみじみ)感じたと言いますか、考えました結論の一つは、人間というものは手段的ものや理論的なものでは結局どうにもならぬ、人間は人間の性質を変えるより外(ほか)に救われる方法がないということです」

「これら(世紀の偉人や世界的に名を馳(は)せた哲人・学者・指導者)の人々の著作を丹念に読まれたならば、結局人間は人間の性質を変えるより外に、卑近(ひきん)な言葉で言いますと、根性をたたき直さぬ限り救われない、ということを説いておることがよくわかるのであります」


《 三、尽己 》

こいねがい
さがしもとめれば もとめるほど
おれが どんどん
おのれが どんどん
みじゅくに おもえて
ちいさく みえてくる

先人先達の堪忍袋に必ず入っている言の葉がある。
それが、尽己の学。

その堪忍袋の緒(いとぐち)を紐解く(読む)と、斯(か)くある。

「尽己とは詳しく申しますと、自反尽己ということであります。

自分が自分に反(かえ)って、自分の中に潜在しておるものを十分発揮する。

先哲の学問も本質的には自反尽己という言葉に尽きるのであります。

われわれは自分を棚に上げて置いて、他人のことや世間のことを兎(と)や角(かく)言ってみたところでどうにもならん」


令和2年5月17日(日)号
一学 16【武の心で座学を創る。目指すは学問。自ら己を変え人情に従えば、座学は成る】学人、ムロー

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生まれもった美質と武の心。
エスノキッズと呼ばれた少年少女たち。

エスノキッズ 心の学問「教学編」
毎週日曜日、朝7時配信
『然修録』... エスノキッズの学習帳
https://www.mag2.com/m/0001675353.html

エスノキッズ 心の学問「自伝編」
毎週土曜日、夜7時配信
『後裔記』... エスノキッズの日記
https://www.mag2.com/m/0001131415.html

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