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一息 48【オオカミの後裔記】就寝許可証。横たわる謎の青年。無念の真相。遥かなる遠い彼方に同期見ゆ『離島疎開』選集

後裔記「離島疎開」選集(上)
令和2年12月5日(土)

 学徒、オオカミ
 就寝許可証。横たわる謎の青年。無念の真相。{遥|はる}かなる遠い彼方に同期見ゆ。

 一つ、息をつく。

 暫く、逃げてゆく雲の{迅|はや}さに目を奪われていた。 (まるで、ハヤブサに追いつかれまいとしているかのようだ)と、ふと思う。何気に視線を、板張りの床の上に戻す。そこにはまだ、二人の{胡坐|あぐら}と、『五省』を写した面を開いた{褪|あ}せ紙が置かれていた。
 いくらなんでも、今度こそ、二人だけ……のはず。

 「無念だ」と、誰かが言った。
 「むねん?」と、スピア。と言って、声がするほうに振り返った。
 「そのうえ、残念がきた」と、再びその誰か。
 「残念が、来たーァ?」と、思わずおれ。
 「五省{虚|むな}しく、自反甲斐なし」と、誰かさん。
 「自反したんでしょ? なんで虚しいのォ?」と、スピア。闇雲の先の誰かに、問い掛ける。
 「そうだけど」と、あっさり。闇雲の先で誰かが応えて、そう言う。
 「自反が足らなくって、努力を{憾|うら}んでるんだねッ?」と、スピア。
 「{悔|くや}んでなんかいない。精一杯だった。ただ無念。ただ残念なだけさ」と、闇雲の主。

 鉄製の二段ベッドが……数えると、七台。それが、闇雲の全景。おれもスピアも、立ち上がった。ほぼ同時。玄関ドアの前まで行った。無言。角度を変えて、対象(闇雲の主)を観察。何か手掛かりを捉えたいと、思ったのだ。スピアも同じだろう。たぶん。
 そこから見ると、左側から順に、例の壁際のロッカー14^個、{半間|はんけん}ほど空けて二段ベッドの四台組み、次は{一間|いっけん}ほど空いて、同じく二段ベッドが三台組み。そしてまた半間ほど空いて、壁……である。
 出入口のドアの正面、南の海岸に向いた面には一間幅の中連窓があり、その面の左端から右端までの脚部には、造り付けの鋳鉄の配管がうねるように露出している。

 「オイルヒーターだよ」と、ご親切に闇雲の主。
 「そっかァ!」と、これはおれ。
 記憶を追って、闇雲の声の跡を辿った。
 二段ベッドの上の段。四台組みのうち、中連窓に一番近い一台。抜き足差し足忍び足……中連窓を背にして、二段ベッドの上の段を覗き込む。木札が一枚、ぶら下がっている。
 〈就寝許可証〉
 「なーん……」と、言いかけて、途中で声を切るおれ。
 ベッドに横たわる若いおにいさん。薄っぺらい毛布のような布団。真っ白いパリっとした毛布カバー。頭と目だけを出している。
 見える!
 矢庭に身震い。見えてはいけないものだと、すぐに判った。おにいさんが、言った。
 「ぼくの部屋は、本当は、一階の山側なんだ。土砂に埋まって、判らないだろうけど……」
 「ふーん、そうなんだァ。そう言えば、台所がないね。お風呂はァ? トイレもないじゃん!」と、普通に話すスピア。
 「そうさ。ここは、居室だからね。水回りは、一階の共用部にあるんだ。土砂に埋まって、判らないだろうけど……」と、おにいさん。
 「これ、なにぃ?」と、おれ。
 「就寝許可証」と、おにいさん。書いてあるまま!
 「しゅうしん?」と、スピア。
 「そう。教練や艦隊勤務を休んで寝てなさいってこと。許可というより、命令だね」と、おにいさん。
 「かんたいきんむ……ってぇ?」と、スピア。オイルヒーターの半分も興味が湧いていないように見受けられる。
 「生きて帰還して、ここに戻ってきて、みんな揃って荷物をまとめて、銘々郷里へ帰る予定だったんだ。休暇さ。でもまだ、誰も帰ってこないんだ」と、おにいさん。天井を、{睨|にら}みつけている。
 「ふーん。で、何でおにいさんだけ、ここで寝てるのォ? 命令だからじゃなくて、その理由っていうか……」と、スピア。
 そのときだった。おにいさんが、頭を動かして、おれらのほうに目を向けた。煎餅パリパリ布団は、鼻まですっぽりと被ったままだったが、おにいさんが、応えて言った。それは、{真摯|しんし}な声のように聞こえた。
 「一階山側の居室十四名のうち、ぼくは、十三番目に乗艦。出撃する予定だったんだ。だけどそ、その出撃の前夜、吐血しちゃってね。そのとき二階の海側の居室、つまりこの部屋の桜……同期たちは、総員が出て行った跡、もぬけの殻だった。だからこの部屋が、臨時の隔離病棟……元い、隔離病室となった。それでぼくは、この就寝許可証の木札を枕元にぶら下げて、窓外の入江と空を眺めながら……。それはいつも、黒い空だった。それでも、{群青|ぐんじょう}の海に、想いを}馳|は}せた」
 スピアが、言った。
 「戦争だったのォ?」
 「そうだ」と、おにいさん。
 「いつぅ?」と、スピア。
 「遠い昔」と、おにいさん。
 「それじゃあ、どの戦争だか判んないじゃん!」と、スピア。不満百パーセントの情緒が、顔に{顕|あらわ}れる。
 「{聖驕頽戦|せいきょうたいせん}」と、おにいさん。
 「知らん!」と、おれ。
 「ぼくらは、リンパウって呼んでたんだ。{リング|Ring}・{パシフィック|Pacific}・{ウオー|War}。でもそれは、艦上でだけ。本土では、環太平洋戦争って言ってた。禁句だったからね、ヨコ文字」と、おにいさん。
 「どれも聞いたことないやァ! それにさァ。せいきょう何とかってぇ? 誰がそう呼んどったん?」と、スピア。
 「今じゃ、そう呼ばれてるのさ。人類解放聖戦と{驕|おご}りの頽廃戦」と、おにいさん。
 「なーんじゃ、なんじゃそりゃ!」と、おれ。
 「ぼくも知らない。いつぅ? それ」と、スピア。
 「だから、遠い昔さ」と、おにいさん。
 「だったらさ。おにいさんだって、生まれてないじゃん」と、スピア。真顔。
 「そうだね。でもぼくは、その時代に生きてたんだ。だから、今ぼくは、存在していない」と、おにいさん。
 「そっかァ♪」と、スピア。
 (納得するんかい! おまえも……わけわかんねーぇ!)と、思うおれ。
 「ねぇ。なんで今日は、ここで寝てるのォ? カアネエ……大人の女の人と一緒に来たときには、居なかったじゃん」と、続けてスピア。
 「居たさ。君たちが、気付かなかっただけさ。ぼくも、話しかけなかったけどね」と、おにいさん。
 「ドアも、閉まってたよ。てか、閉めて帰ったんだけど。たぶん」と、スピア。
 「寝てるときは、閉めておくのさ。物騒だからね」と、おにいさん。
 「そっちは解るんだけどさ。『扉は、動かすな。つーかッ、触るな! カニ歩きで入って来れるだろッ』って言われたんだけど。なんでか、知ってるぅ?」と、スピア。
 (そうそう。それそれ! そこそこ♪)と、思うおれ。
 「誰に言われたんだい?」と、おにいさん。
 「ハヤブサ。たぶん」と、おれ。
 「不思議なんだよ。気遣ってくれるんだ。あいつら。ぼくは、何も話してないのに」と、おにいさん。
 「何もって、何を?」と、スピア。
 (訊くんかい!)と、思うおれ。

 「ときは盛夏。岩間岩間には松が繁り、朝から満山、蝉の声だった。
 一階の山側の部屋から一人、海側の部屋から二人。海側の部屋は、その二人が最後だった。居室四つで、総員五十六名。遂に、現在員二名になってしまった。残ったのは、ぼくを含めて、一階の山側の部屋の二人だけになってしまった。
 出撃してゆく三人が、そこのドアの外まで、お別れにやってきた。ドアは、半開き。頭と肩を覗かせて、引きも切らずに声をかけてくる。
 ぼくは、言ったんだ。
 『ドア、閉めといてくれよ。隔離にならないじゃないかァ』ってね。するとやつらが、言ったんだ。
 『開けといてやれってさ。蒸しダコになっても食えねぇし、{床擦|とこず}れ起こされて介護なんて、まっぴらゴメンだしなって、笑ってたよ。二階と共用部の巡検は任せるから、残ってる食糧を怠りなく食って、しっかり養生しとけ!だってさ。どうしてもお前と一緒に、ここを出て行きたいみたいだぜ。一人じゃ、心細いからからな。先に行って、おまえらのぶんまで大暴れしといてやるから、まァ、大船に乗ったつもりで追っかけてこいよ。出番が無きゃないで、それはそれだ。{身体|からだ}、ゆっくり治せ!』ってね。
 そして、遂にその日がやってきた。ドアはまた、半開き。そいつが、顔を覗かせた。お別れだ。あいつは、{斯|こ}う言った。
 『あと三日で、就寝許可証を外してもいいそうだ。おりこうさんにしてた甲斐があったな。今朝は、ちょっと肌寒いな。ここ、閉めとくぞ』って。でも、ぼくは言ったんだ。
 『いや。そのままにしといてくれ。もう、隔離の必要もあるまい。おまえが出て行ったら、隔離病室じゃなくて、正真正銘の隔離病棟さ。それに、そこがそうやって半開きになってると、あの三人とおまえが、いつもそこに居てくれるようでさ。心強いんだ。なんだかな』ってね。そしたら、そいつが言うんだ。
 『なんだかって。なんだか弱気だなァ、まったく。いや、失礼。弱気なんかじゃなくて、病気だったな、おまえ。あと三日だ。気を抜かずに、早く治せ。ドア開度左三十度、距離二百、同期見ゆ♪ じゃあ、な』ってね。それで、ぼくが言ってやったんだ。
 『おまえの見張りの報告は、いつもフタヒャクだからなァ♪』ってね。
 そしたら、『まァ、そう言うなってぇ。今回は、戦闘配備だからな。操舵員さ。たぶんな。いい加減、古参の下士官に怒鳴られるのも、卒業したいもんだけどなッ!』って、そいつ。
 『そうだな』としか、言えなかった。
 そいつも、『じゃあな』の一言。それが、最後だった。
 あいつの{短靴|たんか}が{敲|たた}くのコツコツという音が、階段室の中で共鳴する。  ぼくは、叫んだ。
 『必ず、後から行くからな』って。
 そしたら、『あァ、わかってるよ』って、あいつ……」

 「半開きの理由は、解ったけどさァ。てか、ねぇ。一人で、寂しくないのォ? だって、遠い昔から、ずっとここで、一人っきりなんでしょ?」と、スピア。また、真顔。
 「どうして寂しいんだい? 誰が、寂しいって思うんだい?」と、おにいさん。
 「誰って、自分っしょ!」と、おれ。  「自分? 自分って、どこに居るんだい? ここで寝てるのは、自修した学徒。自分なんかじゃない」と、おにいさん。
 「学徒? おにいさんも、学徒学年なん? ぼく、少年学年の一年目。てか、一週間目。ここに来る前は、少年候補生だったんだ」と、スピア。  「少年候補生? 面白いことを言うね、君は。で、君はァ?」と、おにいさん。おれの顔を見る。
 「おれは、学徒学年。進級して、まだ間がないけど」と、おれ。
 「じゃあ、同期ってわけか。君とは。ぼくのほうが、かなり年嵩みたいだけどね」と、おにいさん。
 「ジシュウってぇ? 古参の学徒学年生のことォ?」と、おれ。すると、おにいさんが直ぐに応えて、教えてくれた。  「学徒は、学年なんだね? 君たちの時代では……。  自修は、長く生きれば身に着くってもんじゃないんだ。幼くても出来るし、逆に、何十年経っても出来てない大人だっている。出来てない人間っていうのは、他人に反感を持ったり、無闇に他人を軽蔑したり、相手より自分を大きく見せようと躍起になったりするもんさ。かと思うと、逆に同じ扱いを受けると、人間ってのは、情けないほど弱く{脆|もろ}い。他人の力に、支配されてしまうからさ。
 でも、自修した人間は、他人をそんなふうに扱ったりはしないし、もしそんな扱いを受けて苦境に立たされたとしても、必ず克服できる。心を強くする方法を学んで、自分の意志で、自分の力で、それを{修|おさ}める。そのために、自反と修養を繰り返す。自反っていうのは……そう、まさにさっき、君たちが見てたものさ。読めない字とか、意味の解らない熟語、あっただろッ? ここに持っておいでよ。教えてあげるから」
 矢庭に目を見合わすスピアとおれ。スピアが、言った。
 「ありがとう。でも、いい。『誰かに訊く前に、何度も何度も自分で調べてみろッ!』って、シンジイに言われたから」
 おにいさんの目が一瞬、ホワンと温かくなったように見えた。でも無言。するとおにいさんは、静かに煎餅布団の端を握って、自分の目の上まで引き上げた。 {暫|しば}し、沈黙。(寝ちゃったのかなァ……)と、思うおれ。すると、布団の中から、おにいさんの声が聞こえた。
 「家族がいるんだね。そういえば、ぼくにも、家族があった。おやじは、いつも悲憤{慷慨|こうがい}な口調で、人間が作り出した文明を批判してた。{然|さ}なきだに短気なおやじでね。そして優しい母に、いつもぼくの後ろをくっついて歩いてた弟たち……そう。そして、もう一人。新しい家族。愛くるしい彼女、ぼくの{許嫁|いいなずけ}。
 そうだ。ぼくのロッカーに、写真が入ってるんだ。持ってきてもらえないかな。一番左。藍色の布で{包|くる}んでる。財布くらいの大きさ……」
 「あったッ! 見ていい?」と、スピア。
 「ああ。いいよ」と、おにいさん。
 「これ、モンペって言うんでしょ? てか、やたらと嬉しそうじゃん。何かのお祝いだったのォ?」と、スピア。
 「そう見えるだろォ? 不思議な写真なんだ。母も彼女も、休暇で帰ったときにはいつも、{眦|まなじり}に悲涙をたたえてたんだ。なんで女って生き物は、ああも思い、こうも思い、{纏綿|てんめん}の涙と{戯|たわむ}れるみたいに、あァいつも感傷にばかり浸っていられるんだろう……」  それから、おにいさんの声が聞こえてくることは、もうなかった。
 その写真の裏には、こう書かれていた。

 〈運命は、皮肉を{極|きわ}む。
 時が経つに{順|したご}うて起こるその皮肉な結末を、人生の主役を務める俳優は、何も知らないままに、ただ演技し続けている。
 そして、幕が下りる。
 人生という舞台。
 敗者の誇り。〉

2020年12月5日(土) 活きた朝 3:29
{美童名|みわらな} オオカミ
学年 学徒

令和2年12月5日(土)号
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