週間「エスノキッズ心の学問」自伝編
令和2年11月28日(土)号
学徒、オオカミ
幼稚なネーミング、スピアの秘密基地(秘密にならない意外な秘密)
一つ、息をつく。
自然界の大なる{乙女子|おとめご}に、自反の教示? 無いない! 何を反省するかって訊かれてもさ。おれはまだ、ミワラ駆け出しの学徒だぜ。未熟な者に多くを望むのは、それこそが未熟ってもんだ。そんなことを、三度も呟いただろうか。おれとスピアは、二つ目の峠を越えた。そして、スピアが言った。
「今日も半分、終わったね。ぼく、行かなきゃ!」
「行かなきゃって、どこへ? 帰るのかァ?」と、おれ。
スピア、無言。どうやら、ついて来て欲しくない様子。(だったら、言うな!)と、思うおれ。でも、気持ちは{解|わか}る。秘密にしたいけど、誰かに言いたい。そんなことって、よくある。特に、おれらみたいな学童のバヤイ。大人たちはどうなんだか、知らないけど。とうとう何の特筆すべき会話もないまま、入江の海岸に出る。スピア、右に折れる。その後に続いて、海岸沿いに西の方角へと進む。スピア、独り{言|ご}ちる。
「やっぱ、幼稚だよな。秘密基地って。立命のための秘密の部屋? その次は、知命かァ。まだ自反でコケてるっていうのに。何を自反するかって訊かれてもな。前途多難。嗚呼、やっぱ幼稚だよね。秘密基地!」
「てか、おまえさァ。なにブツブツ煮え切らないこと弱火で煮てんのよォ!」と、おれ。
そうこうしているうちに、そこそこ歩かされ、スピアが立ち止まった。目の前に、明らかに秘密基地と{判|わか}る建物。てか廃墟。公団型の市営住宅ってやつぅ? 土砂崩れ? 土石流かな。半分埋まって、海岸道路を{塞|ふさ}いでるって感じ。その上を無理矢理に{均|なら}して、軽トラが一台なんだ坂やっと通れそうな道。(まァ確かに、秘密基地だな)と、思うおれ。
劣化して所々に錆びた鉄筋が露出した、コンクリート打ち放しの外壁。スピアが、鉄の扉を開けた。片引き戸。通用口かな。二階建て。当然、目の前には階段。迷わず二階へ上る、秘密基地の住人(?)スピア。どうやら二階は、二戸。一階も、そうだろう。たぶん。一戸の方の玄関扉が、半開きになっている。スピア、ズカズカ歩いて、その前で立ち止まる。所々に鉄錆びが浮き上がった、重そうな鉄の片引き戸だ。風に{圧|お}されたくらいで、動く{代物|しろもの}じゃない。
「ちゃんと閉めて帰ったよなッ? カアネエがまた開けて、重いからちゃんと閉めなかったのかなァ。女だもんな、一応。それに、空き家だし」と、スピアは何やら自分を納得させるように口をモゴモゴさせていたが、それでも、どうしてもある不安が拭いきれなかったようだ。その証しの一言が、これ。
「こんちはーァ♪」
「どうぞ」
「えッ?」
「『こんちはーァ』って言っておいて、『えッ?』はないだろッ! まァ、いい。入れ。扉は、動かすな。つーかッ、触るな! カニ歩きで入って来れるだろッ、おまえらなら」
スピア、カニ歩きで部屋の中に入る。そして、言った。
「ねぇ。おまえが扉、開けたのォ?」
「おまえは、馬鹿かァ! わしに、『そんな力があるように見える』とでも言いたいのかァ」
「見えないけど」
「じゃあ、訊くな!」
「おまえ、{鷲|ワシ}?」
「わしは、ワシじゃない」
「じゃあ、{鷹|タカ}?」
「わしは、タカじゃない!」
「じゃあ、鳥でいいよね?」
「その程度の興味しかないんなら、最初から訊くなッ!」
「おまえ、{腹脳|ふくのう}だな」
「わしは、フクロウでもない」
「フクノウだってばァ!」
「なんだ、それ!」
「シンジイみたいだねってこと」
「シンジイって、おまえんとこの爺さんのことかい」
「知ってるのォ? シンジイ。養祖父っていうんだ。ぼくの家じゃないよ」
「べつに、知り合いというわけでもないがな」
「ねぇ。モーツアルト、知ってるぅ?」
「なんだッ! 唐突に。名前くらいなら、知っとるワシ」
「おんなじだね」
「何がだッ!」
「ただ、名前を知ってる程度だってこと」
「{子供|こども}にして、{既|すで}に可愛くない。おまえ、ミワラだなッ?」
「ミワラの意味、知ってるのォ?」
「すまん。興味がないのに訊いてしもうたワシ」
「あっ、そう。てか、それ、ワシ弁? ゴメン。興味がないのに訊いてしもうたボク」
おれも、恐る恐る部屋の中に入る。カニ歩き。中を見回す。矢庭に人の姿……は、無し。代わりに、{俄|にわ}かに{蠢|うごめ}く{物|ブツ}が{一|ひと}。丸顔。おれの顔を見ると、何かを思い出したかのように、丸い目を輝かせた。そして、ハヤブサが言った。
「何を、どのように反省するかについてだがァ……」
「おまえ、つけてたのかァ?」と、スピア。
「つけてたワシじゃない。飛んだり枝に留まったりして、おまえらの跡を追ってただけだワシ」
「それを、つけるって言わない? てかさ」と、スピア。矢庭に首を旋回して、おれの顔を見る。そして、言った。
「なんだっけぇ。もう一つ。鷹でも鷲でもない、なんか鷹みたいなのがいるじゃん! なんだっけーぇ」
「ハヤブサだろッ!」と、おれ。
「それそれ♪ スッキリ。思い出した。図鑑で見たことあるよ。ハヤブサじゃんかァ。おまえ」と、スピア。
「ワシは、ハヤブサだワシ」
「ハヤブサ{束子|だわし}ぃ? そっか。じゃあ、おまえの名前、タワシだなッ♪」と、スピア。
「たわしーィ?」と、タワシ。
「てか、続けろよッ! 反省の話」と、おれ。
「おまえ、偉そうだなワシ。兄貴分かァ。学徒ってところだなワシ。これは、失礼した。話の先、{承|うけたまわ}ったワシ。
あの{鹿|こ}は、まだ幼い子供にして珍しく、自反に拘り過ぎるところがある。一つのことに拘って深掘りするのは、運命期に入って心ゆくまでやればいい。立命期の学童どもが無闇にやるべきことじゃない。べきは、ほかにあるワシ。あの鹿やおまえらのような子等は、失敗のデータを一つでも多く集めるべきだ。それなら、腹の{傷|いた}め甲斐もあるというもんだワシ」と、タワシ。
「頭だろッ! そこは」と、おれ。
「いいんだよ。腹脳なんだから、タワシ」と、スピア。
「そっか、そっか。てか、盗み聞き{甚|はなは}だしいぞ、おまえ!」と、おれ。
「いやハヤブサ。これは失敗、失敗。また一つ、データが増えたワシ♪」と、タワシ。
「そこは失敗じゃなくて、失礼だろッ! まァいい。それより、失敗しっ放しかよッ! どうやって反省するんだァ。それを訊いてんだろがァ、オレ」と、おれ。
「{五省|ごせい}を{唱|とな}える」と、タワシ。応えて言う。
「ごせい?」と、スピア。
「そうだワシ。男児たるもの、五省なくして、何を自反と言うか!ワシ」と、タワシ。
「てかさァ。否定も肯定もしてないんだけど、まだ」と、スピア。
「だからその……。なーんじゃその、ゴセイって!」と、おれ。
「情けなかァ、ワシ。まァ、少年や学徒の見習いミワラの分際なら、それも致し方あるまいワシ。聴いて{賜|たも}れ。{格物|かくぶつ}を{以|もっ}て、知命に到る。五省を以て、その格物を為す。まァ、時間が解決してくれるぢゃろワシ!」と、タワシ。
「時間は命だ。寺学舎で、そう学んだ。時間は、何も解決なんかしてくれない。ただ削れて、擦り減っていくだけさ。教えろよ。それとも、知らねーのかよッ!」と、おれ。イラッ!として出た言葉。
「せっかく隊舎を探し当てたんだ。五省も、自分で探せ。ロッカーが、有望かもなワシ。答えは自分で探し当てたほうが、{有難味|ありがたみ}に{旨味|うまみ}があるというもんだワシ」と、タワシ。素っ気ない言い方だったが、{尤|もっと}もな話だ。
スピアが、ハヤブサの丸っこい頭越しに、錆びの浮いた鉄枠の窓の外を眺めている。すると俄かに歩み寄り、重そうな窓を両手で引いて開けると、覗き込むように、眼下に迫る波打ち際のほうを見遣った。そして、タワシのほうに振り返って、言った。
「ねぇ。あそこ。見てぇ。あれ、貴重な食糧だろッ? おまえらの」
「バカを言え!」と、タワシ。
「カラスって、美味しくないの? 嫌い?」と、スピア。
「だから、バカを言うな!」と、タワシ。
(言えなのか、言うななのか、どっちなのか。それは、どっちでもいい)と、どうでもいいことを考えながら、聞き流すおれ。
「馬鹿じゃなくて、{鴉|カラス}だよ。ほら、ちゃんと見なよッ!」と、スピア。意外なことに、意外なところで食い下がるヤツ。
「死骸は、{穢|けが}れとるワシ。魂の抜け殻。捨て去られた肉……」と、タワシ。ちゃっかり見て知っているヤツ。
「おまえ、都会じゃ生きられないね。ぼくもかなッ」と、スピア。
「どういう意味だワシ」と、タワシ。
「都会には、ビルと道路と、公園っていう人間に管理された広場しかないんだ。自然の動物は、死骸だって残飯だって何だって、食えるときに食えそうなもんを食わないと、生きていけない。鳥だって、人間だって、自然の動物は、みんな{同|おんな}じ運命さ」と、スピア。味気の無い真実だ。
「それは、鴉の話だろッ! ワシ」と、タワシ。
「嘘だと思うんなら、都会へ行ってみろよ。そのまん丸い顔とまん丸い目で、確かめてこいよ。そしたら、丸く収まるさ」と、スピア。(オヤジギャグかい!)と、思うおれ。
だが、「都会へは、行かん!」と言って、拒絶するタワシ。
「どうしてぇ?」と、スピア。素直な質問。
「行きたくないからだワシ」と、タワシ。年齢不詳。門人学年……もどきの{門鳥|モンドリ}?
「ダメじゃん!」と、スピア。おれも、そう思う。
「どうしてダメなんだワシ!」と、タワシ。意外と、お馬鹿ァ?
「万物一体の{仁|じん}」と、スピア。
「それも、寺学舎かァ? それとも、養祖父の爺さんかァ? ここで、万物一体の仁を、どう{繋|つな}げる気だワシ」と、タワシ。満更、お馬鹿でもなさそうだわしぃ!
スピア、「ハッ!」とした顔で、おれの顔を見る。(こっち見るなってぇ!)と思いながら、ここで逃げたら学徒の名が{廃|すた}る。{暫|しば}し、瞑想。
(集中! 目的は何だ! 集中、目的。集中、目的……)
よし!
「おまえは、交わりたくない、自分を見たくない、ただそれだけだろッ!
万物が一体だからこそ、心が動くんだ。
都会も文明も、死骸も廃棄物も、すべてが一体だから、動物の心の中に理が芽生えるんだ。
それが意思となって表れ、肉体に発せられ、行動が現れる。
万物、この世のすべての正体は、自分自身。
穢れたものは、自分自身を映す鏡さ。
だから、見たくない。
でも、万物は一体だから、結局は行動を起こすしかないんだ。
おまえがどんなに否定したって、きっとおまえは、都会を見ることになる。
己の行動によって……」と、結局、何を言ってんのか、自分でも判らないおれ。
タワシが、掃き出し窓の桟を蹴った。突っ込まれずに済んでほっとしたが、失礼なやつだ! タワシが、翼を大きく広げる。そして振り向きざまに、目の球を振り子のように転がしながら、言った。
「考え方や肉体が自然から離れるのは、まだ怖れるには値しない。だけんどな。心が自然から離れるのは、大問題だワシ。これから始まるおまえらヒト種の危機的な運命も、その大問題が大問題なのだワシ。たぶん!」
そのとき背後でも、鳥の気配。振り返ると、一羽のウミネコが、ペタペタと歩きながら、玄関扉を擦り抜けて出て行った。(てか、どこにおったんやァ!)と、思うおれ。スピアも振り返る。そして、言った。
「正しい! あいつがカニ歩きしたら、逆に、{嘴|くちばし}か尾っぽが、扉に触れちゃう。てかあいつ。世間、なめてるよなッ!」
ウミネコには{然程|さほど}興味が湧かなかったおれは、タワシが言っていたロッカーが並んでいる東側の窓のない壁際のほうへと歩み寄った。空き家だし廃墟なんだし……でも、他人のローッカーを開けるのは、気が引ける。一、二、三……十四個の縦長のロッカーが、壁沿いに並んでいる。スピアも、近づいてくる。端から順番に、片開きのロッカーの扉を引いてゆく。スピアは、右端から。おれは、左端から。スピア、接近! アラーム♪ そのときだった。
「これだね!」と、スピア。久々の無邪気な声。三つ折り。スピア、それを板張りの床の上に広げる。児童書よろしく振り仮名は付いていなかったが、難しい漢字には、読み仮名が振られていた。読めない漢字を調べたか、訊いたかしたらしい。読み仮名だけ、鉛筆の手書きだ。これなら、何とか読める。
五省
一、至誠に{悖|もと}るなかりしか
誠実さや真心、人の道に{背|そむ}くところはなかったか
二、言行に恥ずるなかりしか
発言や行動に、{過|あやま}ちや反省するところはなかったか
三、氣力に{缺|か}くるなかりしか
物事を成し遂げようとする精神力は、十分であったか
四、努力に{憾|うら}みなかりしか
目的を達成するために、惜しみなく努力したか
五、{不精|ぶしょう}に{亘|わた}るなかりしか
怠けたり、面倒くさがったりしたことはなかったか
「なんか、ワシワシしたやつだったね」と、スピア。
「完全マスターしたみないだな、ワシ弁♪」と、おれ。
「ボクぅ?」と、スピア。
(そこは、『ワシぃ?』だろッ!)と、おれは思うのだった。
2020年11月28日(土) 活きた朝 3:56
{美童名|みわらな} オオカミ
学年 学徒
令和2年11月28日(土)号
一息 47【オオカミの後裔記】幼稚なネーミング、スピアの秘密基地(秘密にならない意外な秘密)『離島疎開』選集
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