東亜学纂 Japanize Destinies Distribution 元気が出る話♪

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一息 9【他人の個人的な意見を受け容(い)れ、新たな有りのままの自分に反る】門人、ワタテツ

BIO.KR0203070006

一つ、息(いきを)つく。

然修録に書き込んだ後で後裔記を書いていると、すうーッと肩の力が抜けていくような心地になる。

以前、同じ心地を体験したことがある。
そう......それは、今どきの幼い自分に、何の不思議も感じなかったころのことだ。
そう......堅(かた)く怒(いか)ったおれの肩が、羽毛よろしく、すうーッと、軽くなった。

それは、ちょっと色褪せた記憶だが、しっかりとした記憶で、おれの脳裏に刻まれている。

それは......寺学舎での出来事、思い出だ。
今は自修塾と、その名も形態も変わってしまったが、当時は寺学舎と呼ばれ、実際に寺の講堂に集って、座学をしていた。

先輩や同輩の学友と肩を横に縦にと並べて座学を始めた当時のおれは、学問というものを、大いに素晴らしく、誤解していた。
誤解の経験が無い者に、他人の誤解を嘲(あざ)笑う資格はない。
知らないんだから、黙ってろ!.......である。
脱線、ご無礼。

で、当時のおれ。
「ここに居並んでる平均的で普通のやつらとおれは、違うんだ。そう言えるだけの努力をしてるし、それが、おれの運命なんだ」
と、思い込んで、疑うことを知らなかった。

正直を言うと、今でも、そう思っている。
でも、あの頃のおれと、今のおれは、まったく違っている。
大きく、変わってしまった。
そうは言うが、変われたからこそ、運命を続けてこれたんだと思う。

あの頃のおれは、常に、自分と周りの誰かとを比べる日々だった。
こんな具合だ。

「あいつのほうが背が高いけんども、鼻は、おれのほうが高い。
えっと、ほかに勝ってるところは......」

「あいつは、ノッポのタワーマンションの最上階に住まって、そこからいつも、おれたちを見下ろしていた。
でも、建て替えの多額の分担金が払えなくて、おれたちが住まう長屋に越してきた。
高低差はゼロになったが、今は、おれがあいつを、見下ろしている。
ほかに、やつを見下ろせるネタはないものか......追い討ちだッ!」

はいィ?
その通り。
アホらしい。
だけどそれは、今思えばの話。
当時は、真剣110%!

「認められたい」「一目を置かれたい」「褒(ほ)められたい」と、そんなアホらしいことを目的にして生きているのが、人間というものだ。
そのことに気づいたとき、よほどの注意を払わなければ、人間嫌いになってしまう。
おれが、そうはならず、現在に到っているのは、ムローのお陰だ。

寺学舎でムローと同じ、澱んで冷たい空気を吸ったのは、数週間という言葉にも満たない、僅(わず)かで短いものだった。

おれは、寺学舎の学徒となって間がなく、ムローは、門人の称号を得て旅立ちの日まで間がなかった。
寺学舎の門を出るとそこは、スサノオを祭る神社の参道になっていた。
左に向けば、神社の長い石段の上がり口。
右に向くとすぐ左手に、遊具がぽつりぽつりと見え隠れする児童公園がある。
今でも公園遊具博物館よろしく、当時のままの姿を誇らしげに保っている。

今と言えば、毎日必ず、この児童公園に、マザメちゃんが、誰かを連れ込んで......もとい、誘い込んで、延々数時間の説教を垂れる場所として、少年少女たちのみならず、学友の学徒たちからも恐れられている。

時代も人間も、どんどん移り変わってゆくけれども、どうにもこの町だけは、時代が止まっているように思えてならない。

あのころ......おれが寺学舎に通いはじめたころも、説教好きの先輩がいた。
当時もこの児童公園は、同じ理由で少年少女や新前の学徒たちから恐れられていた。
唯一違うのは、説教を垂れるのは魔女ではなく、魔王だった。
その名は、ムロー。

おれの比較対象だった学友たちが、次々とムローに呼ばれてゆく。
いよいよムロー出立の前日、呼ばれていないのは、ついにおれだけとなった。
ほっとする反面、内心穏やかでもなかった。
「ムローは、おれには興味がないんだな」と、いつもの比較癖(ひかくぐせ)が、心の奥あたりから湧いて出てくる。

実を言うと、同輩の少年たちのなかで、ムローに一番に呼ばれるのは、絶対に間違いなく、このおれだと思っていた。
落胆、甚(はなは)だしい。
その日の夕刻、寺学舎から長屋に戻ると、醤油の貸し借りで、子どもらが忙(せわ)しなく走り回っていた。

父がよく、言っていた。
「絶対に、他人に借りを作ってはいかん。万が一、どうにもこうにもで借りを作ってしまったら、その日のうちに、三倍にして返せ。そのために、余計な大借金をしてしまうこともあるだろう。それでいい。大借金を恐れて、借りを放(ほ)ったくってるよりは、よっぽどマシだ。借りは、密(ひそ)かに強(した)かに成長し、呪いとなる。この父が死んでも、このことだけは忘れるなッ!......でもな、醤油だけは、例外じゃ ( =^ω^) 」

閑話休題(それはともかく)。

醤油が我が家にやってくるより先に、ムローがひょこっと、顔を覗かせた。
「白いご飯のオニギリだ。ほら、おまえのぶんもある。公園で待ってる」
と、それだけを言って、さっさと行ってしまった。

天では、日没の秒読みが始まっていた。
地では、核ミサイル発射の秒読みが延々と続いている。
人では、友情が一つ、その誕生の秒読みが始まった。

ムローが、言った。
「おまえは、おれだ。
同じ人間を見ているようで、気色(きしょく)が悪い。
旅立つ前に、自分に言ってやりたいことがあってな。
だから、おまえをここに呼んだんだ。

早速だが。
おまえは、アホかッ!

不完全でいることに、どうして耐えれないんだ。
有りのままの自分を受け容れることが、そんなに難しいのかよッ!

自分は、背が低いちんちくりん!
認めれば、個性となる。

自分は、長屋に住まう貧乏人!
認めれば、歴史となる。

自分の欠点や弱点を、どうしてもっと、可愛がってやれないんだ。
そんな可愛い欠点や弱点を誰かが教えてくれたら、何よりも先に、有り難うだろッ!

有りのままの自分以外のどこかに、本当の有りのままの自分がいるとでも思ってるのかッ!
おまえに対する他人の個人的な意見は、これからのおまえの人生のなかで、何億千万の何億千万乗もあるんだ。
その一つひとつを律儀に気に病んで、怒(いか)ったり落ち込んだり、おまえは一体全体、何億光年生きるつもりでいるんだッ!

仮に何億光年生きられたとして、もしおまえが、有りのままの自分以外の本当の自分を探し求めて大宇宙をさ迷い、ついには宇宙の果てに辿り着いたとしても、自分の価値そのものに関係するような他人の個人的な意見は、ただの一つも見つかりっこないんだ。

それでも、そこまで言われても、おまえはまだ、自分を変えようとしないのかァ?

おまえの自転軸は、ブレてる。
このままだと、おまえは、自ら公転の輪から脱走して、謂(いわ)れのない罪を背負って、見知らぬ大宇宙をさ迷い続ける。
それが、おまえの望みなら、今おれが言ったことは、無視しろ。
記憶に刻むな、ってことだ。

話は、以上だ。
帰れ!

おれは、男は迎えに行くが、女は迎えになど行かん。
女は送って行くが、男は送ってなど行かん。
まあ、精々、よろしくやるんだな。
じゃあなッ♪ 」

そしてムローは、一度も開けようとしなかったオムスビの入った新聞包みを、おれの膝(ひざ)の上に置いた。
まだ、仄温(ほのあたた)かい。

息子の門出に、かあさんがむすんでくれたのだろうか。
それとも、孫の門出に、ばあちゃんがむすんでくれたのだろうか。
そんなことを考えていると、その結局は、無意識のまま家に帰り、無意識のまま、次の活きた朝を迎えていた。

その日のうちに、ムローに借りを返せなかったおれは、見送りにも行けず、出迎えにも行(ゆ)かず、現在に到っている。


◎今日の登場人物
◯ムロー、ワタテツ、醤油の争奪戦に夢中の子どもたち

◎息恒循(そっこうじゅん)こぼれ話
時代が移り変わり、人間たちが己を変えて生を養うように、息恒循も脱皮を繰り返している。
たとえば、恒令。
内努(うちゆめ)や外努(そとゆめ)から始まって、七養で終わるのか。
或(ある)いは、七養で始まって、.....自反、自修で終わるのか。
つまり、気を養ってから始めるのか、終わってほっとして気を養うのかということ。
一週間は、休息日から始まるのか、それとも、休息日で終わるのか。
現在の座学では、休息日の活きた朝から一週間は始まると教え、そう学んでいる。
教えと学びは、常に一体。
学問は是(かく)の如(ごと)く......である。


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「心と心のボランティア」特別編集三部作
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